ウイスキーの歴史(アメリカン・ウイスキー①)

2015.04.07.


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部長 月田です。

【消費者のし好の変化】

これは新しい洋酒の銘柄の出現を促し、BARという形態にも広がりをもたらしています。

例えば、BARの顧客の飲酒動機の変化。バブル経済が華やかだったころに世界の銘酒に接したお客様は、

今、よい酒をホスピタリティに満ちた潤いのある人的なサービスを受けながら、リーズナブルな価格帯で楽しもう

と望んでいます。銀座でバーテンダーとしてそれを肌で感じていた店主・佐藤哲也は、

地元・練馬で「美味しいお酒と美味しいフード」が両立するBARを作ろうと考えました。

 

【この時代に、ぴぐぷらすはなぜ「ハイボール屋」なのか?】

「美味しいお酒には、必ず美味しいおつまみが必要である」と考えていたことから選んだのが、ハイボール。

何より佐藤哲也自身がハイボール好きであったこと、

そして食事をしながら”気軽に”呑めるという理由から選びました。

更に、そのことを基本として厳選した3種のウイスキーをベースにして、

オリジナルハイボールである「赤ぴぐ」「白ぴぐ」「緑ぴぐ」が誕生しました。

今回はその中の一つ、「赤ぴぐ」がベースの「アメリカン・ウイスキー」について。

 

【アメリカの酒の歴史は”果物”で始まった】

アメリカの蒸留酒の歴史は、イギリスによる本格的な植民地の開拓後まもなく、

日本は江戸時代の始まりを迎える、1600年代の初めまでさかのぼります。

1620年、メイフラワー号でピルグラム・ファーザーズがマサチューセッツのコット岬に着いた時、船には酒も積まれていました。

移民たちは、果物や穀物などから酒を作ったのですが、最初の蒸留酒は穀物ではなく、果物などを原料としたブランデー(アップル・ジャックなど)や、カリブ海の島々で作られていた砂糖の副産物の糖蜜を使ったラムを蒸留、いわゆる奴隷売買で有名な三角貿易に乗り出しています。

 

【”穀物”のウイスキーの発祥の地は、ペンシルバニアだった】

1808年の奴隷制度廃止とともに、ラムに代わり、穀物の酒が主体となり始めます。

当時、穀物が余剰気味でもあり、その他の諸事情も加わり、穀物を原料とした酒造りがペンシルバニアを中心に始まりました。

これは、ウイスキーの蒸留技術を持ったアイルランドやスコットランドからの入植者が、主にペンシルバニアやバージニアに住みついたからで、彼らは、18世紀にはそこでライ麦を育て、ライ麦のウイスキーを作り始めました。

 

【”ウイスキーの乱”!!】

1775年、独立戦争が勃発。イギリス軍との苦しい戦いの末、アメリカは独立を勝ち取りました。

が、独立戦争後の経済の立て直しを図る政府が、彼らの作るウイスキーに課税を強行しました。

彼ら蒸留業者は猛烈に反発し、歴史に残る大反乱へと発展していきます。

(これがアメリカ独立後初の民衆蜂起「The Whisky Rebellion、ウイスキーの反乱」事件です)

軍隊により鎮圧された反乱軍が”税金逃れ”のために出た行動が、

「アメリカン・ウイスキー」の歴史を作ることになっていきます。

 

さて、次回は、偶然も重なって誕生した「バーボン」についてお話します。


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