ウイスキーの歴史(モルト・ウイスキー④)

2015.02.28.


はくしゅう

部長 月田です。

本日はモルト・ウイスキーの「熟成」について。

モルト原酒であるニュー・ポットは、ホワイトオークの樽に詰められ、長期間の熟成に入ります。

樽に詰める前は無色透明で、荒削りであったニュー・ポットは、黄褐色で香味豊かなウイスキーへと成長します。

 

熟成のための樽材としてホワイト・オークが最適ですが、その中でもアメリカ東部産のものがウイスキーには向いています。樽材は2年ほど天然乾燥して、その後、厳選した柾目の通った良材で樽が作られます。

熟成用の樽の種類は、バーレル(Barrel,180L)、ホグスヘッド(Hogshead,230L)、パンチョン(Puncheon,480L)、シェリー・バット(Sherry Butt,480L)があります。

樽のサイズによって容量当たりの樽内面の表面積が異なり、熟成の速度に影響します。また、熟成の場所としては、空気が清澄で、適度に湿気をもった冷涼な土地が適しています。ウイスキーの原酒は、樽材を通して外気を吸収しながら、美酒に育っていきますが、その代わり、樽の中のウイスキー原酒も、年に3%ずつ蒸留していきます。蒸留所では、その減った分を天使の分け前と呼んでいます。

樽で7~8年以上熟成させると、モルト原酒は、輝くような琥珀色と、華やかな香りと、まろやかな風味が加わり、モルト・ウイスキー独特の性格を備えるようになります。

この熟成中の変化は、

①徐々に樽に入った空気によってウイスキーの成分が酸化し、香りのよい成分が作られます。

②樽材の成分(リグニン物質、タンニン、色素、窒素化合物など)が溶けだし、モルト原酒の成分と反応しあって、さまざまな香りや味の成分を作り出します。

③刺激の強い揮発成分は蒸発し、とびにくい成分が濃縮されます。

④アルコール分子と水の分子が互いに「なれ」あい、アルコールの刺激が少なくなっていきます(分子の会合現象)。

などの相互作用により起こります。

当然、貯蔵場所の環境などによって、一樽一樽ごとに微妙に違うので、最終的には、バッティング(モルト・ウイスキー同士をブレンドすること)風味のバランスをとるという大切な仕上げの工程があります。

このように、モルト・ウイスキー同士をバッティングさせて、再び貯蔵、熟成させます。このようなものを製品化したものが、ピュア・モルト・ウイスキーで、一つの蒸留所の中だけで作られたピュア・モルト・ウイスキーをシングル・モルト・ウイスキーといいます。

明日からは「グレーン・ウイスキー」について4回にわけて書いていきます。

 

「ウイスキーの歴史」(モルト・ウイスキー③)

2015.02.27.


デュワーズ ポットスチル

写真は、「別れの(白ぴぐ)ハイボール」「再会のハイボール」のベースであるブレンデッド・スコッチ・ウイスキーのデュワーズの蒸留所にある蒸留機=ポットスチルです。

部長 月田です、今日は「蒸留」について。

発酵を終了したウォッシュは、銅製の単式蒸留機(ポット・スチル)で2回蒸留されます。

部長クイズ

Q「蒸留機が銅製なのはなぜ?」

A「不快な味の元を揮発性にできること。更に留出液の香味を柔らかく出来るため。」

 

また、単式蒸留機は、構造がシンプルなので、香気成分に富んだ風味の強い蒸留酒が得られます。

しかも蒸留釜の形状、容量、加熱方式(直火蒸留では、炎を釜に直接あてるため、もろみの一部が高熱によりトーストされ、香ばしい重厚な味わいのモルト・ウイスキーが出来る。これに対して、間接加熱の場合、120~130℃に熱せられた蒸気に釜を当てる為、蒸留は穏やかに進む)などによって留出液の性格が微妙に変わるので、各蒸留所とも、独自の単式蒸留機を採用し、その形態を大切に守っている。

ポット・スチルの原理は、発酵したウォッシュを熱し、蒸発し易い成分を取り出す。つまり、発酵で出来たウォッシュの中に含まれるアルコールと無数の香気成分と水とをそれぞれの沸点の違いを利用して、取りだすことが出来る。

蒸留は2回行われる。アルコール分約7%のウォッシュは、1回目の蒸留(初留)で、アルコール分約20%のローワインと呼ばれる初留液として取りだされる。この初留液はアルコール度数が低く、雑味成分も多く、ウイスキーというにはまだ不完全なので、再留釜でもう一度蒸留する(これを再留という)。

再留で留出してくるはじめの部分(ヘッド、前留)と、あとの部分(テール、後留)を除いた真ん中の部分の蒸留液(ハート、中留)は、New Potと呼ばれ。透明で荒々しい個性を持ち、アルコール度数63~70度のモルト原酒となる。

朝ドラ「マッサン」では、この原酒をグラスに注ぎ、何度も香りを確かめてブレンドするシーンが出てきています。普通は鼻の感覚が麻痺してしまいブレンドすることは難しいのですが、鍛練と素質で最高のブレンデッド・スコッチ・ウイスキーを作り続けたと思われます。

さて、明日は「モルト・ウイスキー」の熟成について。

「ウイスキーの歴史」(モルト・ウイスキー②)

2015.02.26.


 

 

竹鶴ノート 発酵

 

この写真はよく見て頂くとお分かりのように、ニッカウヰスキーの創設者「竹鶴政孝」がスコットランド留学で学んだスコッチ・ウイスキー作りの全てが記載された「竹鶴ノート」です。「ウイスキーの歴史」を書くにあたり、資料のひとつとして読んでいます。

あっ、わすれていました・・、部長 月田です。

さて、今日は「モルトウイスキーの発酵について」。

スモーキーフレーバーをつけて乾燥させた麦芽は、このあと粉砕され、60~68℃の温水が加えられます。

すると、温水に溶けたでんぷんが、麦芽に生じた糖化酵素によって糖に分解し、12~13%の糖分を持った甘い麦汁が得られます。これを糖化といいます。

これを濾過して、酵母を加えて発酵(25~35℃で3日間くらい)させると、アルコール6~7%のウォッシュ(Wash,もろみのこと)と呼ばれる発酵液に生まれかわります。

その際、酵母の種類や、発酵の条件(ステンレスタンクや木桶酵槽など)が、ウイスキーの香気成分(高級アルコール類、エステル類、脂肪酸類など)の生成に大きく影響を及ぼすので、最新の注意がはらわれています。

明日はポットスチルを使う「蒸留」について。

部長クイズ

Q「世界で初めて蒸留酒を作った人の職業は?」

A「錬金術師」

 

 

ウイスキーの歴史(モルト・ウイスキー①)

2015.02.25.


部長 月田です。

少し間が空いてしまいましたが、ウイスキーの歴史について書き続けていきます。

前回は日本のウイスキー史にふれ、今回から4回に分けて

「モルト・ウイスキー」について詳しく解説致します。

1回目は「大麦麦芽」について。

大麦麦芽の原料には、二条麦芽が使われています。二条麦芽という名前は、

穗軸に沿って2列に粒が並ぶことからついたもので、でんぷん質が多く、

たんぱく質が少ないのが特徴です。ビールにもこの二条麦芽が使われています。

現在、日本における二条麦芽の生産量は、国産のビール、ウイスキーの需要

を賄い切れず、相当量を海外から大麦麦芽の形で輸入しています。

二条麦芽は、粒の大きさを分けるなど精選し、水に浸し、いったん水を切って空気を吸わせます。

これを繰り返し、水分を十分に吸った大麦を発芽させますが、発芽が始まって数日すると、まず根が出て、

次に成長し、芽の中にでんぷん質を糖化する酵素を生じます。発芽が程良く進行したころ合いを見て

キルンと呼ばれる乾燥塔へ移し、発芽中の大麦を乾燥して水分を除き、これにより芽の発育を止めます。

これが大麦麦芽(モルト)になります。

 

途中ですが、部長からクイズです。

Q「”マッサン”がスコットランドの技術者から学んだ「糖化」の進行具合を見定めた方法とは?」

A:「大麦麦芽で自分の名前が壁で書ける」ことで糖化状態を見極めることを教えて貰いました。

 

では、本題に戻ります。

大麦麦芽を乾燥させる際、ピートと呼ばれる水性植物などを炭化した泥の炭を燃やして、大麦麦芽に

スモーキーフレーバー(ピート香ともいう)をつけます。ピートはスコットランド産のものが優れていて、

春の4~5月に掘り起こし、ピート同士を交互に立てかけて、風で乾燥させ燃料として使います。

このように、大麦麦芽にスモーキー・フレーバーをつけるのは、日本のウイスキーと、スコッチ・ウイスキー

だけに見られる特徴ですが、両者を比較すると日本のウイスキーの方が、スモーキー・フレーバーは抑えられ、

穏やかです。

デュワーズ12年 新ラベルJPG

明日は「発酵」について。

【予告】2/27(金)JAZZの生演奏をどうぞ。

2015.02.24.


部長 月田です。

映画が大好きです。

スコッチ・ウイスキー「Dewar’s」に「別れのハイボール」と「再会のハイボール」

と名付けた理由を聞かれることがあります。

これは、

たまたま見かけた「カサブランカ」の映像がヒントでした。

映画の内容をご存じない方でも、「きみの瞳に乾杯」というセリフなら聞き覚えがあると思います。

この映画で有名になりました。

この映像を見た瞬間に、「別れ」と「再会」という言葉が出てきました。

最高に愛した恋人と再会した主人公、お互いに身の危険を感じる立場であるため、

最後には一緒に逃亡するふりをして、恋人の無事を祈りつつ再び別れることになります。

ラストシーンをみると、見送った男性の行く先はきっといつものBARだと思います。

さみしい気持ちを分かち合える人と呑む時には、

見送る人の悲しい気持ちや言いたいことを中和して軽くしてくれるような、

「沈黙の酒(グレーン・ウイスキー)」と「主張する酒(モルト・ウイスキー)」

をブレンドすることで出来上がった、ブレンデッド・スコッチ・ウイスキー。

こんな理由で「Dewar’s」に別名を付けることになりました。

 

恋人たちの思い出の曲「カサブランカ」の「As Time  Goes by」。

JAZZの名曲です。

すきな曲が流れる店内の心地良さは想像以上です。

生演奏とハイボール、気持ちよく酔えます。

【ぴぐぷらす・JAZZ生演奏】

2/27(金)

20:00~・21:00~・22:00~

各回40分 チップ制

再会・ジャズ・春味

 

 

 

 

 

ウイスキーの歴史(日本のウイスキー)

2015.02.17.


部長 月田です。

今日はもう早速、ウイスキーについて。

 

樽の中

日本のウイスキーの特徴は、スコッチ・ウイスキーに似たタイプといえます。

これは、スコッチ・ウイスキーと同様に、モルト・ウイスキーをベースに風味の

設計がされているからです。

しかし、香味はスコッチ・ウイスキーに比べ、煙臭(スモーキー・フレーバー)

は、少なく、独自の特徴を持っていて、香味が穏やかで風味のバランスがよく、

コクがあるため、「水割り」などにしても香味の調和が失われません。

そして、日本のウイスキーは、ウイスキー原酒と、それにブレンドするスピリッツ

によって構成されています。

ウイスキー原酒は、製法からモルト・ウイスキー(Malt Whisky)と、

グレーン・ウイスキー(Grain whisky)に分かれるが、両者の性格は

全く違ったウイスキーということが出来る。

モルト・ウイスキー(Malt Whisky)は、大麦麦芽(発芽させた麦芽)だけを

原料として作ったウイスキーのことで、製法上の技術としては、

大麦麦芽をピートを燻しながら乾燥させ、スモーキー・フレーバーをつける

ことと、単式蒸留機で2回蒸留する。

風味の特徴としては、強くて華やかな香りと、深くて濃い味を持ち、

個性豊かなので、ラウド(声高な)・スピリッツともいわれています。

次回以降はモルト・ウイスキーの作り方を4回にわたって

「大麦麦芽」・「発酵」・「蒸留」・「熟成」

とそれぞれの工程について詳しく書いていきます。

 

本日、2/13(金)は生JAZZ演奏あります。

2015.02.13.


部長 月田です。

昨年の6月から、毎月2回、金曜日の夜に生のJAZZ演奏をお聞き頂いています。

本日のスケジュール

20:00~20:40

休憩(奏者の二人が皆さんにご挨拶にまわります)

21:00~21:40

休憩

22:00~22:40

アンコールも大歓迎です。

*チップ制

混雑時は入口での演奏になります。

練馬の5FでBGMとしてゆったりとした贅沢な時間をハイボールと共に・・。

弦で弾く

ウイスキーの歴史(日本では・・)

2015.02.13.


部長 月田です。

「ウイスキー」の歴史を知ると、ハイボールの美味しさもひとしおです。

さて、今日は日本のウイスキーの歴史について。

日本に最初にウイスキーが伝えられたのは、

1853年、ペリー総督率いるアメリカ艦隊が浦賀沖に来航した年とされている。

ウイスキーが最初に輸入されたのは、明治維新後の1871年のこと。

輸入元となったのは主として薬酒問屋で、欧米文化の香りを伝える洋酒の

ひとつとして輸入されたが、残念ながら伸びず、明治末でも洋酒は酒類市場の1%

にも達しなかった。国産ウイスキーの蒸留が始まるのは、関東大震災のあった1923年。

この年、京都郊外・山崎峡で日本初のモルト・ウイスキー蒸留所、寿屋山崎蒸留所の建設が

始まり、日本の本格的ウイスキー作りの1ページが開かれました。

日本にウイスキーが輸入されてから約50年後のことでした。

そして、1929年(昭和4)、この蒸留所から国産ウイスキー第一号「サントリー・ウイスキー白札」

が誕生します。

この後、第二次世界大戦前には、ニッカなどがウイスキー事業に乗り出し、

第二次大戦後、生活の洋風化が進み、ウイスキーは本格的に人々の間に

浸透し、数多くのウイスキー業者が参入したが、その中で、着実に伸びてきたのが、

オーシャン(三洋)、キリン・シーグラムなどがあります。

そして、日本のウイスキー業界全体も着実に成長を遂げ、技術的にも進歩し、

世界5大ウイスキーのひとつとして独自の個性を確立するようになった。

世界5大ウイスキーと呼ばれているのは、スコッチ、アイリッシュ、アメリカン、

カナディアン、ジャパニーズである。一見同じような琥珀色をしているが、

その国の伝統に培われた技術や努力が活かされ、世界各地で作られる

ウイスキー界をリードするウイスキーとなっている。

さて、次回は「日本のウイスキー」について。

ウイスキーの歴史(バーボン)

2015.02.09.


部長 月田です。

毎日「ウイスキー」が美味しくなる歴史について書いています。

今日はアメリカでのウイスキー作りの歴史について。

アメリカで、穀物の蒸留酒がつくられるようになったのは、

18世紀に入ってからといわれています。

蒸留酒としては、いまのニューヨークでオランダ人が西インド諸島の

糖蜜を作って作ったラムが最初といわれています。しかし、その後、

ヨーロッパからの移民も増え、次第に穀物の酒、ウイスキーが作られる

ようになりました。

 

本格的にウイスキーが作られたのは、ケンタッキー州のバーボン郡で、

1783年に蒸留した記録が残っていますが、現在のようにトウモロコシを

原料にして作るようになったのは、1789年ケンタッキー州のジョージタウンで、

パプティスト派の牧師が先駆者といわれています。

 

1775年に始まった独立戦争後の1791年、連邦議会が財政確保のため

ウイスキーに重税をかけたため、東部の蒸留業者の間で暴動(ウイスキー反乱)

が起き、業者や農民は、ケンタッキーに逃れ、そこで良質の水とトウモロコシを得て

、新しいウイスキー作りが始まりました。

このケンタッキー州バーボン郡で作られたウイスキーは、

土地の名前を取ってバーボン・ウイスキーと呼ばれるようになりました。

1919年にアメリカで成立した禁酒法は、アメリカへの密輸ウイスキーで

皮肉にもカナダのウイスキー産業を発展させることとなりました。

スコッチもバーボンもウイスキーは、税金や国の政策から逃れることで、

発展したという歴史があるんですね。

 

 

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