ウイスキーの歴史(カナディアン・ウイスキー)

2015.06.12.


部長 月田です。

毎日、午後3時から5時は禁断のハッピーアワー。

これを読んだら、カナディアン・ウイスキーの味を確かめたくなる!!

午後3時改革

【カクテル”マンハッタン”】

カクテルの女王といわれる「マンハッタン」のベース、「カナディアン・ウイスキー」。

今日ご紹介するのは、世界5大ウイスキーのひとつである、「カナディアン・ウイスキー」。

有名な銘柄としては「カナディアン・クラブ」が挙げられます。

元々、カナディアン・ウイスキーは、one day whiskyとも呼ばれる劣悪な蒸留酒とよばれていました。

が、「カナディアン・クラブ」はカナダの一般的な樽での販売から、ボトリング販売に変え、製造保証書をつける。

というカナディアン・ウイスキー史の中では特筆すべき価値のあるウイスキーとなっています。

 

【カナディアン・ウイスキーは、粉屋が作った酒だった】

 カナダのウイスキー作りは、アメリカの独立戦争後に始まります。

 独立戦争のとき、独立に批判的だったイギリス系の農民たちは、北のカナダに移民し、その地で穀物の生産を始めました。

  ところが、ケベックやモントリーオールでは穀物の生産過剰が起こり、その余剰品処理として、製粉所が蒸留酒の

生産を始め、中には本格的に製粉業から蒸留酒業への転換を始めたところが出てきました。

これが、カナディアン・ウイスキーの誕生の背景です。

 

【カナディアン・ウイスキーの躍進】

19世紀後半になると、ライ麦を使ったかなり重いウイスキーから、連続式蒸留機の導入と、トウモロコシを多量に使うことにより、

軽いタイプのウイスキーへと変貌していきました。

 カナディアン・ウイスキーの躍進が始まるのは、20世紀に入ってからで、最初は大都市トロント、モントリーオール、

オタワなどの街道筋、エリー湖やオリエンタル湖、セントローレンス運河沿いに蒸留所ができ、その後、

アメリカの禁酒法により、アメリカのウイスキー倉庫としての役割を果たすようになりました。

 禁酒法廃止後も、アメリカのウイスキーはすぐに市場に登場しなかったので、この隙間をぬって、

アメリカに進出し、しっかりとした地盤を確立することになりました。

 

【軽やかさが特徴】

世界五大ウイスキーのおさらいから

①スコッチ ②アイリュシュ ③アメリカン ④カナディアン ⑤日本

この中で、もっとも軽快でマイルドな風味をもっています。

 一般的にトウモロコシ、ライ麦、大麦麦芽の3つの原料からつくられ、そのうち軽さが特徴的なライ麦の使用比率が51%以上あれば、ラベルに「ライ・ウイスキー」の表示ができます。

ちなみにあのカクテルの「ニューヨーク」もベースに「ライ・ウイスキーまたはバーボンウイスキー」というレシピです。

 カナディアン・ウイスキーの定義は、アメリカの法律に比べれば緩やかです。

 カナディアン・ウイスキーの一般的な製法の特徴は、ライ麦を主体とした香りの高い”フレーバリング・ウイスキー”と、

トウモロコシを主体としたグレーン・ウイスキーに近い”ベース・ウイスキー”をブレンドすることにあります。

この両者を180L以下の小型の樽で熟成したあと、ブレンドします。

原料、製法、熟成などによる風味に差はありますが、

すいすい呑めるクセのないライト・ウイスキーといえます。

 

【おもしろかった!!】

 アメリカの禁酒法により当時一番輸入されていたアイリュシュ・ウイスキーの輸入が禁止されたことにより、

地理的に優位なカナダが密輸という形で発展を遂げてきました。

 こんなことを読みながら世界五大ウイスキーの歴史的背景を書き続けてみて、

一番に感じたのは、ウイスキーに対する人々の執念!!

時代の流れに翻弄されながらも、真摯に向き合う姿、密輸で大きく稼ぐ商魂など、人々のたくましさを思い知らされました。

おもしろかった!!

これにて、ウイスキーの歴史は一度幕を閉じます。

ありがとうございました。

 


ウイスキーの歴史(アメリカン・ウイスキー③)

2015.06.10.


46

 

部長 月田です。

写真はメーカーズマークの限定品(当店では販売終了)「46」。

この数字は、ウイスキーの原酒を醸造する際に使う樽の焦げ目の色を業者に指定するときに使うものです。

元々は偶然に焦げていた樽で醸造したことでできた”バーボン・ウイスキー”の進化が、こんなことでもわかります。

今日は「アメリカン・ウイスキー」について深く掘り下げていきます。

 

 

 【アメリカン・ウイスキーの定義】

 密造からでき独自の製法で発展してきたアメリカン・ウイスキー。現在のアメリカにおけるウイスキーの定義とは、

「穀物を原料にし、アルコール分95度未満で蒸留した後、オーク樽で熟成し、アルコール分40度以上で瓶詰されたもの」と規定しています。また、蒸留度数が95%以上の場合は、源良が同じでもグレーン・スピリッツといわれています。

 

【アメリカン・ウイスキー、タイプは4つ】

(1)ストレート・ウイスキー

  ストレート・ウイスキーとは、アルコール度数80度以下で蒸留し、コーン・ウイスキーを除き、ホワイト・オークの新樽の内側をチャー(焼く)した樽で最低2年貯蔵したウイスキー。内側を焼くことによって、ストレート・ウイスキー独特の個性の強い、香味の華やかな風味が生まれます。 ストレート・ウイスキーは、アメリカのウイスキー生産量の約半数を占めています。が、そのほとんどはストレート・バーボン・ウイスキーです。

(2)ブレンデッド・ストレート・ウイスキー~ストレート・ウイスキー同士をブレンドしたウイスキーをいいます。

(3)ブレンデッド・ウイスキー~バーボン・ウイスキーとともに、アメリカでポピュラーなウイスキー。

カナダで開発され、禁酒法後、アメリカ市場に広がりました。軽快な口当たりが高い人気を得ています。

(4)ライト・ウイスキー~近年のライト嗜好の中で生まれました。チャー(焼く)をしない樽で貯蔵したウイスキー。

 

【バーボンの名前の由来】

 バーボンの語源は、フランス語のブルボン王朝に由来します。18世紀、フランスは植民地問題でイギリスと対立し、アメリカ独立戦争の引き金となりました。このとき、フランス国王ルイ16世が、アメリカの独立派を支援し、イギリスとの戦いに加わりました。

 このため、独立後、アメリカ合衆国はその支援に感激して、ルイ王朝のブルボン家の名をケンタッキーの地名に残し、バーボン郡を作りました。現在では、当時よりだいぶ小さくなりましたが、ケンタッキー州のひとつの郡として残り、ウイスキーの呼び名として定着しました。

 

【テネシー・ウイスキーは、バーボン?】

テネシー・ウイスキーの代表選手はかの有名な「ジャック・ダニエル」。

何が違うのかといえば、テネシー・ウイスキーとは、テネシーで作られるウイスキーのことを指しますが、法律上はストレート・バーボン・ウイスキーです。だが、その製法と風味の違いによりこの名で呼ばれています。

テネシー・ウイスキーは、蒸留されたばかりのストレート・バーボン・ウイスキー原酒を樽熟成する前にサトウカエデ(ジュガー・メイプル)で作った木炭を細かく砕いて、深さ3.6mもある巨大な大樽に詰め、1滴、1滴時間をかけてろ過します。これによりフゼール油が取り除かれる一方で、サトウカエデの木炭からの風味を受けて、まろやかな風味となります。この工程が先日もご紹介した「チャコールメローイング」と呼ばれる製法になります。IMG_6209

(写真の上の錆びた感じの管から1滴1滴ウイスキーが滴り落ちています)

IMG_6214

先日の展示会では、チャコール・メローイング製法でろ過される「前(=白のラベル)」と「後(=黒のラベル)」を試飲しました。

カップの中には同じような透明な液体が入っています。が、まったく異なる味に驚き、ろ過される前の「生きた」感じと、「後」のウイスキーのまろやかさは驚きました。

この後、樽の色がついて美しい琥珀色に変るのです。

貴重な体験をさせていただきました。

 

さて、あすは「カナディアン・ウイスキー」について。アメリカの独立戦争後、イギリス系の農民たちが北のカナダに移住することからその歴史が始まります。

 

 


ウイスキーの歴史(アメリカン・ウイスキー②)

2015.06.09.


img_bottle

 

部長 月田です。

 

久々に「ウイスキーの歴史」シリーズを書き始めます。

 

【前回までのおさらい】

アメリカにおけるウイスキー作りは、アイルランドやスコットランドから入植した蒸留技術者がペンシルバニアやバージニアなどに住みついたことから始まります。

彼らは18世紀にはライ麦を育て、ライ麦のウイスキーづくりを始めました。

1775年、独立戦争が勃発しました。イギリス軍との戦いの結果、勝利を収めましたが、独立戦争後の経済の立て直しを図る為に政府が彼らの作るウイスキーに課税を強行しました。

彼ら蒸留業者は猛反発し、歴史に残る大反乱へと発展していきます。

 

【バーボン、誕生秘話】

反乱は軍隊の投入により鎮静されましたが、あくまで税金を払うのを嫌った一部の蒸留業者たちは、ペンシルバニアやバージニアの奥地、あるいはさらに西のケンタッキー、インディアナ、テネシーなどに移っていきました。

それまで、ペンシルバニアなどの東部の州でつくられていたウイスキーは、ライ麦や大麦を使ったものでしたが、ケンタッキーにはトウモロコシの方が適していることを発見し、それまでライ麦でウイスキーを作っていた蒸留業者は、トウモロコシをライ麦の補助ではなく、ウイスキーの主原料として使うようになりました。

1785年、当時はまだバージニアの一部だった今のジョージタウンに住む、エリージャー・クレーグ牧師は、酒の蒸留も手掛け、偶然にも内側が焼けた樽で貯蔵したウイスキーが香りも色もよくなっていることを発見しました。これがバーボンの始まりと言われていますが、他にも2,3の話しがあり、どれも証拠はなく、伝説めいています。が、18世紀後半から19世紀にかけてバーボン・ウイスキーが誕生したのは確かといえます。

 

【悪名高き”禁酒法”の到来】

1865年、南北戦争が終わると、北部の資本が南部にも入り、アメリカ経済は急速に発展し、ウイスキーづくりにも連続式蒸留機が使われるようになり、その生産量が大きく伸びました。

ジャック・ダニエル、ブラウン・フォーマン、エンシェント・エイジなど、現在も有名なブランドもこの時代に相次いで創業を始めました。

そのウイスキーの発展にブレーキをかけたのが、悪名高い「禁酒法」でした。

 「禁酒法」は1920年1月に施行されました。この背景には、ドイツ系移民の醸造界進出に対する反発や、植民地からの根強いピューリタニズム、女性の発言力が強くなったこよなどがありましたが、結果は、密造、密売によって、巨大な利益をあげるマフィアの勢力拡大を助長するだけで、飲酒の抑制にはなりませんでした。むしろ、その間にカクテルも普及し、アメリカ独特の酒文化を生むことになりました。

 

【月明かりで作られた密造酒、それがアメリカン・ウイスキー】

禁酒法が実施されている間、密造業者たちは、月明かりのもとで密造したため、密造業者はムーン・シャイナー、密造酒はムーン・シャインと呼ばれました。

 ウイスキー業者は、禁酒法廃止後、比較的短期の間に回復し、蒸留法も効率の良い連続式蒸留機だけに変わり、単式蒸留機はほとんど姿を消しました。

アメリカのウイスキーは、蒸留法だけでなく。醸造法も独自のスタイルを作り出し、スコッチ・ウイスキー、アイリッシュ・ウイスキーとは全く別のタイプのウイスキーとなっています。

 ベトナム戦争後は、自然回帰や健康への関心が高まり、ワイン・ブームが起こり、ウイスキーの需要が落ち、1990年代には白モノと呼ばれるホワイト・スピリッツの伸びに負けています。が、1990年代に入り、カルフォルニアを中心にバーボンの人気も回復が見られ、近年のバーボンブームはまだ続くようです。

先日、当店のアメブロにおいてもSuntoryの「ジン・ビーム」やキリンの「フォア・ローゼス」などのバーボンの蒸留所増強という発表を受けて、その人気について書きました。

ぴぐぷらすでバーボンを飲むならば、「赤ぴぐハイボール」。

メーカーズマーク・レッドトップを最高に美味しいハイボールで召し上がって下さい。

 

では、次回は独自のスタイルをもつ「アメリカン・ウイスキー」とは?に迫っていきます。

 

 


禁断のハッピーアワー

2015.06.08.


 

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部長 月田です。

ぴぐぷらすのブログへようこそ!
ぴぐぷらすでは「禁断のハッピーアワー」、午後3時13秒~5時までをそう呼びます。

 

【時間が早くて、無理無理!!】

特に忙しい同じ年代(佐藤哲也・43歳)の方に分かって頂ければ、それが一番です。

なぜなら、働く男性の「ハッピー」を作り出すと決めたからなんです。

*イメージして下さい。
‘この時間のひとけもまばらなカウンターに座り、

一口目をきゅーっと吞み(浸みます)、数杯軽く呑み終えて

ほろ酔いで夕暮れ時の練馬の町にでると、思わず顔がゆるんでしまう。

カウンターの仲間だけが知る、たった2時間の「贅沢」。

自分のために感じた幸せは、家族への優しさに波及し、

明日も元気に働くことが出来る。‘

 

多分、皆さんも一度や二度経験したことのある気持ちではないでしょうか?

早い時間だからこそ、感じる感覚です。

さぁ、一緒に「ハッピーアワー」を作りましょう!!

 

そして「禁断の」とつけたのには色々理由があります。

その一つは、いつもは立ち入れない時間の「ワクワク」感を感じる時間帯ということから。

忙しく働いている方ならば、この感覚をお分かり頂けると思います。

 

【ぴぐぷらすのハッピーアワー】

☆ノーチャージ(300円→無料)

☆毎日おつまみおかわりフリーダム(黒板にメニューあり)。

☆ネクタイはずし放題(笑)

注)とことん、働く40代~50代の男向け。

 

これからも、同じ世代の働く男性の幸せを祈る佐藤哲也からどんどん新企画をご案内します。

お楽しみに!!

 

 

 

 

 

 


ジャック・ダニエル

2015.05.26.


 

 

部長 月田です。

先日の展示会で「ジャック・ダニエル」のブースにおいて、テネシーウイスキーの伝統的な製法である「チャコールメローイング製法」について説明を受けました。

 

【テネシーウイスキーであることの条件】

 

「ジャック・ダニエル」がバーボンと区別されテネシー・ウイスキーと分類されているには他のウイスキーとの違いを生むのに、重要な工程があります。

①テネシー州でつくられていること

②チャコールメローイング製法で作られていること

この製法を守り続けたことで、世界最高級のウイスキーとして認められ、彼の蒸留所と木炭で濾過され樽で熟成されたウイスキーの認知度が高められました。

 

この製法を確立させたジャック・ダニエルは実在の人物。

7歳で働き始めたジャックは、蒸留所のオーナーでもあった牧師からウイスキー造りの全てを学び、わずか13歳で蒸留所を譲り受けました。当時から木炭で濾過する工程を重視していました。各地の蒸留所が手間とコストを省くためにこの製法を辞めていく中、改良を重ねて独自の「チャコールメローイング製法」として完成させました。

 

【チャコールメローイング製法】

実際のチャコールメローイング製法を再現しているところを撮影してきました。

まずは、ガラス面の中の錆びた管から1滴、1滴ウイスキーが滴り落ちてきます。

ウイスキーの滴が落ちる先には、敷き詰められた大量の石炭があり、これによりゆっくりと濾過されます。

ジャック・ダニエルの蒸留所では4Mの木炭が積み上げられ、12日間かけて濾過を行っています。

この木炭も創業者ジャック・ダニエル氏の独自の方法で屋外での木炭の製造を実現しました。

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この「チャコールメローイング製法」の前後のウイスキーを呑み比べすることが出来ました。

カップの中には、前・後のどちらにしても透明な液体。ラベルの書かれた「AFTER」と「BEFOR」の文字でどちらかが判断できます。

そして、この液体を試飲すると、全く別物であることを感じます。

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【ジャック・ダニエル、完成】

チャコールメローイング製法で濾過された透明なウイスキーが、テネシーの丘に点在する貯蔵庫で、ジャック・ダニエルは何年もかけて熟成されます。

季節の変化で気温が上下するたび、樽は膨張と収縮を繰り返し、これに合わせてウイスキーがホワイト・オークの樽に沁み込んだり押し出されたりして、木の成分を取り込んでいきます。

こうして、ウイスキーのフレーバーと深い琥珀色が誕生します。

【ジャックダニエルは、柔軟です】

展示会で色々と説明してくれた営業の方によると、「ジャック・ダニエル社は柔軟ですよ」と話していました。

ウイスキー作り関しては、頑ななまでに製法を守り続けているものの、世界の市場でのジャックダニエルの立ち位置を確認しながら、販売方法については各国の提案に柔軟に対応。

現在世界的に、酒に対して「軽さ」が求められるようになり、ジャックの炭酸割りの吞み方を推奨し、「ジャックソーダ」「ジャックコーク」「ジャックジンジャー」をメインで販売数量を伸ばす努力をしているそうです。

 

「ジャック・ダニエル」のファンではないのですが、展示会のブースで「チャコールメローイング製法」について質問した営業マンが「よくぞ聞いてくれました!!」と丁寧に説明をされ、吞み比べでの体験があって、更に興味が湧き調べていました。

真摯に作り続けるウイスキーの背景を知ると、更にウイスキーが美味しく感じます。

 

 


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